中村副院長で3代目となる中村歯科医院。戦後広島で開業した初代から受け継がれてきた医院の歴史の中にはそれぞれの思いがあります。今回は初代・2代目・3代目と3人の歯科医のヒストリーに迫ります。



会津の農家で7人兄弟の末っ子として生まれ、歯科医となることを目指す。


戦前は満州医科大学で歯科医として勤務。戦後、地元には戻らず、親戚のいた広島で開業。常に患者様に対し誠実であることをモットーに診療を行う。




迷うことなく自然と歯科医の道を選ぶ。幼少から父の歯科医としての姿を見てきてこれだと思った。父が野口英世と同郷、しかも同じ大学ということで運命的なものを感じた。



父の仕事を引き継ぐことであっという間に時間が過ぎる。医院から見える景色は戦後直後から見ればがらりと変わったが、「清く正しく」という誠実さは変わらず診療を続ける。また、先代から続く患者様との関係が強くなり、地域ではなくてはならない存在に。


息子である副院長がこれまでの中村歯科医院になかったものを次々導入し、医院をしっかりサポートしてくれていることに感謝している。これからも時代の変化に対応しながらも、医師である前に人間としての常識に従った仕事をしていってもらいたい。また、歯科業界全体の協調性をとり活性化していくとともに、中村歯科医院を維持し、いつまでも地域の方に信頼される医院であり続けたい。




小学生のとき「三代目で潰れる」という言葉に冗談じゃないと思ったこと。


東京で歯科医として勤務し、広島に帰郷。父から「清く正しく」ということを常に教えられていたのでそれを念頭におきながらも、他院で学んだ取り入れるべきシステムを導入し効果を出している。口臭治療もその一つ。ほんだ式口臭治療で患者様が心から喜んでいる様子を見て、本来の医師としてあるべき姿があると感じたからこそ導入を決定した。


先々代から続いた医院への信頼を守るとともに、これからはさらに患者様との対話を少しでも大切にするシステムを構築していきたい。また、口臭治療をはじめ、新しい技術を学び続けたい。そして、あくまでも治すのは患者様であり、自分はその手助けをしてるという気持ちを忘れずにいたい。

■このように3代を振り返って見てみると、歯科医院として時代の流れに応じてフレキシブルに対応しながらも、初代から根底にある「誠実さ」はいつまでも変わっていません。歯科医になろうとしたきっかけはそれぞれ違いますが、患者様に対する真摯な姿勢が感じられました。



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